February 09, 2008

ゆくかわのながれはたえずして:『生物と無生物のあいだ』

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微生物とクジラの本の次に読んだのが「生命とは何か?」がオビのアオリ文句の『生物と無生物のあいだ 』です。

中学か高校生頃に「エントロピーの法則」という言葉:宇宙はビッグバンの超高温から徐々に冷えてぬるくなって温度が一様になってオシマイになると言う事を何かで知りましたが、これがこの宇宙を支配する法則なら、生命は何となくこの法則に反しているか、逆らっている様な気がしていましたが、それが本書を読む事で生命もまたこの法則から逃れられない事が分かった…気がします。(結局気がする程度で理解には程遠いのは、本書のせいではなく、私の理解力の無さのせいです。)

プロローグの問い「人は瞬時に生物と無生物を見分けるけれど、それは生物の何を見ているのでしょうか。そもそも、生命とは何か、皆さんは定義できますか?」を読んで、確かに公園でうたた寝をしている野良猫を見分けている自分を思い出しました。
言われてみれば、猫は遠目にはそこにじっと動かないので景色に溶け込んでいるはずですが、確かに生物としての猫を背景から切り出して見ています。生物と無生物を分けているものは一体なんでしょうか。

本書のテーマは生物と無生物の違いを考察する事ですが、中に書かれたエピソードで私が面白いと思ったものをピックアプすると、以下のものが挙げられます。

 P.18:相反する野口英世像
 P.75:PCRマシンが起こした革命
 P.83:死んだ鳥症候群
 P.100:同業者による論文審査
 P.134:第8章 原子が秩序を生み出すとき
 P.152:第9章 動的平衡とは何か
 P.248:ES細胞とは何か
 P.274:エピローグ



P.18:相反する野口英世像
日本ではお札の肖像に選ばれる程の偉人ですが、アメリカでは異人として見られ不運にも当時顕微鏡では見えないウイルスが原因の病気を研究していた事も有り、研究成果も散々な印象しか残していない様ですが、放蕩癖の方は名を馳せたみたい…で、良く言えばバイタリティの有る人だった様です。

P.75:PCRマシンが起こした革命
「PCR」が「ポリメラーゼ・チェイン・リアクション」の略と言う事を知っただけでなんとなく格好良い感じ。(必殺技の名前っぽい?)
「チェイン・リアクション」が連鎖反応なんですね、確かにそのまんま直訳ですが、知らなかったので、またひとつ勉強になりました。
DNAを増やす装置PCRが発明されたおかげで犯罪捜査にDNA鑑定が出来たり、遺伝子の病気診断が出来たりする事を知って、DNAの複製って思ったより乱暴なやり方でコピー機の様にバンバン増やせる事に驚きました。丈夫でないと、設計図を保持するものとして信頼できないとも言えますが。

P.83:死んだ鳥症候群
P.84の「博士号とかけて足の裏についた米粒と解く」のなぞかけの答え「そのこころはとらないとけったくそ悪いが、とっても喰えない」が面白かったです。
それでも「博士号」って一般の人間からはちょっと格好良〜い響き。それに実際のところ、自分の研究をするには博士号は必要だとどこかで見た気がするので、自動車の免許と同じ程度には無いと研究者にとっては不便なものではありそうです。

P.100:同業者による論文審査
ワトソン&クリックがDNAの「二重ラセン構造」を思い付いたのはピア・レビュー(peer review)のおかげかも…というのは初めて知ったので、ちょっとしたサスペンスの匂いがしてドキドキしました。(ネタ切れ気味のハリウッドが映画化しないかな…。)

P.134:第8章 原子が秩序を生み出すとき
シュレーディンガーの問い「さて、原子はなぜそんなに小さいのでしょうか? ―われわれの身体は原子にくらべて、なぜ、そんなに大きくなければならないのでしょうか?」を読んで、素粒子とか、宇宙の見かけについてつい考えてしまった。
ヒトからみて素粒子はとても小さなもの、そしてそのたった1つの素粒子をヒトが理解できる形で観測しようとすると、余りに小さ過ぎて見えなくなって確率でしかその場所もふるまいも予言できなくなってしまう。
対してヒトからみて宇宙は巨大過ぎて、例えばそれを構成する銀河を観測した場合、実際はそこに含まれる無数のモノの集まりを平均して見ている為に、平均された結果としての秩序(システム)を見てしまう…のかな〜とか思ってしまった。
(まぁ、何とかの考え休むに似たりで、シロートが考えた所でブラックホールが蒸発したりしませんが、なんとなく微細なものと巨大なものの見え方が少〜しだけ分かった様な気がしました。)

P.152:第9章 動的平衡とは何か
砂の城が絶えず新しい砂で置き換わっている喩えは結構新鮮でした。
本書の核心「生物と無生物のあいだ」は動的平衡状態にあるかどうか…と理解したつもりですが…結局分かってないのかも…。
砂の城の喩えを読んでから、街で人混みを見ても何となく一人一人がぼやけて凄いスピードで構成する要素が入れ替わっている=生きている感じがして、ちょっと落ち着きがない感じがしました。
砂の城の喩えは新鮮でしたが、川に喩えた方が私には分かり易いかも…と思いました。
常に川を構成する物質が入れ替わり続けても、総体は川のままで大きく変わる事は無い所が生物的な感じがします。
中国から来た思想かも知れませんが、川が龍に喩えられ、流れが生き物に喩えられるのは日本人にとっては結構馴染み易い概念かも知れません。

P.248:ES細胞とは何か
ES細胞が万能細胞と呼ばれていたり、ES細胞から生命が誕生する…などと書かれているのを新聞等で読み、ただ凄いんだろうと思っていましたが、どんな細胞にもなれる「万能性」を有するけれども「全能性」は持たないという事を知って、だから全能性を持つ受精卵の核を取り除いてES細胞を入れると生命になるんだと理解しました(間違ってるかも)。
ES細胞は何もしなければES細胞として増殖するけれど、何らかのきっかけが有るとあらゆる臓器になる細胞…と言う事みたいです。

P.274:エピローグ
筆者の少年時代の回想が書かれていますが、ここに描かれる街の様子も動的平衡なのかも知れないと思いました。
街は日々大勢の人を含めた物資が行き交う流れの中にあって、新しい建物が建つ反面古いものは壊されるスクラップ&ビルドを繰り返しつつ新陳代謝をしている…と言った様な。
アゲハの幼虫を虫かごいっぱいに集めて忘れてしまった時の何とも言えない後ろめたい気持ちに共感しました。私も子供の頃、カナブンに糸を付けて遊んだ事が有り、また明日も遊ぼうと糸の端を自転車にくくり付けて…次の日、動かなくなって地面に仰向けになったカナブンにアリがたかっているのを見て、自分の手で命を奪う(命が奪われ易い状況を作ってしまった)実感を持ち、とても落ち着かない気分になった事を思い出しました。
その後も、捕虫網を振り回して叩き落としたトンボの頭が無くなっているのに暴れているのをみてビックリしたりと、ムシには色々酷い事をしているので、子供は…だけでなく、今もムカデが部屋に出ようものなら「有効成分:ピレトリン」をぶっかけて…だったりするので生物に対して「一寸の虫にも五分の魂」は理解はしているつもりでも実践は難しいです。

Posted by 3k1 at 06:37 P | from category: science | TrackBacks
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