February 09, 2008

『クジラを捕って、考えた』を読んで、考えた

OUT TO LAUNCH Logo
最近、ネットやTV、新聞などで捕鯨反対派の過激な行動についての報道が、ニュースとして取り上げられる事が多くなってきたので、「調査捕鯨」についての知識を得る為に『クジラを捕って、考えた』を読んでみました。

私が食肉としての「クジラ」で思い出せるのは子供の頃、ウスターソースたっぷりの薄くて硬いクジラカツや、給食で出た硬くてパッサパサの口が渇いてパンに合わない立田揚げくらいで、安物ばかりだったためか美味しかった記憶は有りません。
その為、食卓から鯨肉が消えても一向に気にもしませんでしたし、残念とも思いませんでした。

捕鯨についての知識も、子供の時に見た船の図鑑で尾びれを船尾からはみ出させた捕鯨船のイラストや、神戸港の施設に有った捕鯨の様子を再現したミニチュアを見た程度。(ミニチュアは南氷洋で逃げるクジラとそれを追う船の模型で、ボタンを押すとモリが発射される音がスピーカから再生され、ドーンという音とともにクジラがクルっとひっくり返って腹を上に見せるという、いかにも博物館などに置いてそうな装置でした。)
捕鯨の歴史については世界史で「ペリー浦賀に来航:1853年」を習った際、アメリカが日本に開港を迫った理由の一つに、捕鯨船の補給の為に日本の港が使いたかったからだと知り、そして欧米諸国が鯨を必要とした理由を知りました。


調査捕鯨についてはこれまで漠然としたものも含めて殆ど知識が無く、毎年の様に繰り返される過激な環境保護団体の妨害のニュースを聞き流す程度でした。

本書を読んで「調査捕鯨」が、未だ生態の不明なクジラ類の調査を行っている事と、食肉を得る為の商業としての捕鯨、マグロ漁に代表される遠洋漁業の象徴…などあまりに様々で複雑な問題を背負い込まされているゆがみを感じました。


個人的に不思議だった過激な環境保護団体がなぜ過激な行動を起こす必要が有るのかという事が、本書を読んでスポンサーへのアピールと知り、環境保護団体の“てっぽう”ダマも大変な仕事だな…と思いました。
捕鯨をする側もそれを反対する側も結局は人間中心、経済から逃れられない事に皮肉を感じました。

果敢にもヘリやボートから捕鯨船へ乗り移り、「捕鯨反対」などのスローガンを捕鯨をしている船員ではなく、仲間の廻すビデオに向かって掲げなければならない彼らの行動に、その危険度の高さにふさわしく無い悲哀を感じました。

つい最近報道された、親子クジラとされる大小2頭の捕獲写真が問題になっているようですが、逆にこれが環境保護団体の矛盾をさらけ出す結果になっている様に感じました。

もし日本が、環境保護団体が言う様に商業捕鯨再開を目指して調査捕鯨を行っているなら、今回の様なケースは大きな1頭だけで小さな1頭はわざわざ母船に引き上げたりしないのでは?
発表通り大小2頭が親子ではない場合、調査の為の捕鯨が間違いなく行われていて、商業捕鯨一辺倒ではない事を表しているのでは?
環境保護団体にすれば、親だろうが子だろうがクジラを殺すのが良く無い、でおしまいなのでしょう。

ただ、今回の大小2頭が本当に親子でないのかどうかは分からないので、2頭のDNA検査をするくらいの事は日本側もした方が良い様には思います。が、どちらにしろ環境保護団体はその調査結果が自分に不利になる場合は捏造だなんだと文句を言って無かった事にするとは思いますが、とにかく疑わしい場合は迅速な情報開示をする事が調査捕鯨に対する信用を得るには必要な事だと思います。

まあ、結局は環境保護団体からすればスポンサーから資金が得られれば、クジラでなくても対象は何でも良いのが本音な様な気がしますが。

Posted by 3k1 at 06:18 P | from category: science | TrackBacks
Comments
No comments yet
:

:

Trackbacks